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ご存知ですか? 食品の高圧処理

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ご存知ですか? 食品の高圧処理アイキャッチ

食品の高圧処理と聞くと、家庭で調理に使用する圧力鍋、あるいは食品製造の関係者であればレトルト食品の殺菌に用いる高圧滅菌(オートクレーブ殺菌)を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、ここで紹介する食品の高圧処理は、それらとは異なる食品加工技術のひとつです。今回は、様々な食品加工分野で最近注目されている食品の高圧処理について紹介します。

 

1. 食品の高圧処理とは

食品の高圧処理とは、処理対象となる食品等を水等の液体で満たした耐圧性の容器に入れて、圧力を加える処理のことで、超高圧処理、高圧力処理、静水圧処理、また英語の頭文字をとってHPP(High Pressure Processing)処理などと呼ばれることもあります。また、「~処理」の代わりに、「~殺菌」、「~製法」などと表記されていることもあります。ここでは高圧処理として記載します。

食品の高圧処理は、2000年以降特に欧米で商業化が進み、本技術を用いた食品が広く流通しています。代表的な応用食品にフレッシュジュース、ディップ、食肉加工品(ハム、ソーセージ類)などがあります。我が国では高圧処理を用いた食品を見かけることは多くありませんが、ネットで検索すると、1に示すような食品を見つけることができます。

これらの食品の特徴から分かるように、高圧処理食品の一番の大きな特徴は自然(未処理)に近い状態を保持しているということです。

表1 我が国で流通している高圧処理を利用した食品の例
食 品 特 徴
パック詰めご飯 電子レンジで加熱するとふっくらとした炊き立てのようなご飯ができる
ジャム 自然に近い、色、風味、香りを維持
GABA玄米 GABA(γ-アミノ酸)が豊富
海産物(ホタテ、カキ、タコ、エビ)のオイル漬け 海産物が生のようなレア感を保持
パック詰め生牡蠣 貝柱がきれいに外れ、採りたてのような新鮮さを保持
パック詰めポテトサラダ キュウリ等の野菜がシャキシャキ感を保持

 

2. 食品の高圧処理の目的

高圧処理は様々な目的で、食品製造に利用されています。その主なものは以下のとおりです。

①微生物の殺菌(不活化)

食品を高圧処理することで、細菌、ウイルス、寄生虫などの微生物を殺菌したり、不活化することができます。主に、欧米で、65~90℃程度の加熱殺菌(いわゆる、「パスツール殺菌」)の代わりに、微生物の殺菌/不活化を目的に利用されています。代表的な食品に果実のフレッシュジュースがあります。ただし、通常の高圧処理では芽胞菌の殺菌はできず、細菌を高圧処理すると損傷菌*が生じることがあります。ここではウイルス等も扱うことから、「不活化」として記載します。

*損傷菌とは
「損傷菌」の定義は一義的ではありませんが、一般に、物理的ストレス(加熱処理等)や化学的ストレス(薬剤等)により、細菌の構造や機能が傷害や障害を受け、増殖性が不全状態にある菌であると理解されています。それぞれの菌の培養に用いられている環境では増殖しませんが、菌が増殖しやすい環境(選択薬剤の減量、栄養成分をより与える、培養温度の変更、細菌の生存に適した環境に置くなど)を与えると増殖性が回復し、損傷菌を識別することができます。

②保存期間の延長

微生物の不活化ができることから、食品の保存期間を延長することができます。パック詰めハムなど加工食品が密封包装されるまでに汚染した細菌を高圧処理で不活化することで、保存期間を長くすることができます。

③新鮮さを生かした新規食品の開発

食品により異なりますが、一般的に野菜、肉、海産物等を高圧処理しても、未処理に近い質感、味、臭いなどが保持されています。そのため、従来の加熱殺菌では実現できなかったような、新鮮さを生かした加工食品を開発することができます。

④カキやホタテの開殻、甲殻類の脱殻

カキやハマグリ等の二枚貝は貝柱が殻と結合しているため、加熱やナイフ等で物理的に切断しなければ殻が開きません。二枚貝を高圧処理すると、貝柱が殻から外れ、きれいに殻を開けることができ、歩留まりを上げることができます。広島や宮城の一部のカキ生産現場にはすでに導入されています。最近はホタテの輸出が増加していることもあり、ホタテの殻剝きへの利用も注目されています。また、エビやカニ等の甲殻類を高圧処理すると、殻と身が外れやすくなり、同じようにきれいに身を取り出すことができます。

⑤その他

その他、でんぷんの圧力糊化、食品のエキス化、高栄養食品(GABA玄米等)や低アレルゲン食品の開発など、多様な目的で研究が行われ、それらの一部は実用化されています。

欧米での高圧処理の利用状況を見ると、ジュース等の飲料、果実や野菜の加工品(ディップ、野菜ソース、ピューレ、ウエットサラダ等)、肉製品(スライス/サイコロ状の熱加工/乾燥熟成性ハム、調理済肉製品、熱加工鶏肉、ソーセージ等)が主流でそれぞれ全体の約20%、高圧処理の受託加工が約15%、カキやアサリ等の二枚貝の開殻やロブスターやカニ等の脱殻など水産業での利用が約6%となっています。

 

3. 高圧処理のメカニズム

利用目的の概要を理解いただいたので、次に高圧処理のメカニズムについて紹介します。

小さいころ、水鉄砲で遊んだ方もおられると思います。水を満たした外筒を内筒で押すと、水は勢いよく飛び出しますが、水が飛び出るところを閉じた状態で押しても水の体積はほとんど減りません。しかし、加える力に応じて、水には圧力が加わっています。食品の高圧処理は基本的にこのことと同じです。

食品を高圧処理(「1. 食品の高圧処理とは」参照)すると、パスカルの原理(密閉容器の中の流体(液体や気体)は、各分子が静止している場合、あらゆる点の圧力は等しい)に従い、圧力は全体に、等しく、ほぼ瞬時に伝わります。気体とは異なり、水(液体)の場合は加圧による体積の減少が少ないため、食品等を容器に入れて圧力を加えると全方向から均等に圧力が加わり、食品等は圧縮されます。この加圧による物理的な圧縮作用が、食品や食品中に存在する微生物に様々な影響を与えることになります。

密閉した容器の中で圧力を加えると、加える圧力に応じて数℃から十数度の温度上昇が起こります。一般的に食品で行われている高圧処理(600MPa程度)に伴う温度上昇は約20℃程度とされています。つまり、処理前の温度が15℃の場合、高圧処理を行っている際の温度は約35℃程度になります。このように高圧処理による温度上昇は一般的に少ないことから、高圧処理は非加熱殺菌法のひとつとして位置付けられています。

加圧の方法は大きく2種類に分けられます。ひとつはピストンで処理容器内の体積を減らすことで静水圧を高める方法(ピストン直圧式)で研究用など比較的処理容量が少ない装置に用いられています(1A)。もうひとつは、油圧ポンプで処理容器内に水等を注入し、容器内に含まれる圧力媒体の量を増やすことで静水圧を高める方法(外部昇圧式)で、産業用の大型の装置に用いられています(1B)。図1Bの装置は、宮城県のカキ業者で主にカキの殻剥き用に導入され、使用されている装置です。いずれの装置も密閉した容器内で加圧処理が行われることから、バッチ処理となります。また、食品等の処理材料を容器内に出し入れする形式により縦型と横型があり、産業用としては横型が主流です。

A ピストン直圧式(試験研究用) B 外部昇圧式(産業用:カキの開殻に使用されている装置)
写真提供:(株)神戸製鋼所
図1 高圧処理装置の例


処理対象となる食品は一般に、圧力媒体に加えられた静水圧を食品に伝えることができ、かつ、加圧により破損しない素材でできたポリ袋やペットボトル等に入れ、シールされた状態で処理されます。カキの開殻などでは加圧容器に直接入れて、圧力媒体(水)に接した状態で処理されることもあります。

高圧処理により微生物の不活化は、以下のように、処理条件、微生物の要因、食品の要因によって効果が異なります。
①処理条件:主に、加える圧力、時間および処理前の温度が影響し、加圧や減圧のスピードも影響します。
②微生物の要因:微生物の圧力耐性は、菌種によって異なり、また同じ菌種でも菌株によって加圧耐性が異なることがあります。
③食品の要因:食品自体の特性(水分含量、pH、糖度等)にも影響を受けます。特に水分含量は大きく影響し、水分活性が0.8以下の場合はほとんど不活化することはできません。


4. 高圧処理で加えられる圧力の強さ

圧力の単位にはパスカル(Pa、SI単位)、バール(bar)、工学気圧(at)、気圧(atm)、トル(Torr)、psiなど種々の単位がありますが、食品の分野ではメガパスカル(MPa)がよく用いられています。地上の大気圧はほぼ1気圧であり、0.1MPa (1atm≒0.101325 MPa)に相当します。食品の高圧処理では、使用目的に応じて100~600MPaの圧力が加えられています。微生物の不活化を目的とした処理では600MPa程度の圧力が一般的です。マリアナ海溝の最深部(チャレンジャー海淵、水深約10,911m)での水圧は108.6MPaとされており、その約6倍の圧力が加わることになります。

 

5. 圧力鍋やオートクレーブ殺菌との違い

冒頭で述べたように、食品分野で「圧力」と言うと、圧力鍋での加圧調理やレトルト食品(オートクレーブ殺菌)をイメージする読者も少なくないと思います。それらとの違いを2にまとめました。

圧力鍋やレトルト食品は、水蒸気を容器内に満たすことで高温、高圧な環境を作ります。この場合の圧力は2気圧(0.2MPa)程度で、温度は120~121℃程度になります。この高温・高圧の環境を圧力鍋や高圧滅菌装置(オートクレーブ)を用いて維持することで、前者は食材の軟化促進、出汁の浸透促進などを目的として家庭等での調理において、後者は耐熱性の強い芽胞菌の殺菌を目的として食品製造現場において使用されています。一方、高圧処理では気圧の数千倍の圧力が加えられますが、加熱は行われません。

表2 圧力鍋での調理やレトルト食品製造と高圧処理との比較
項目 圧力鍋での調理 レトルト食品製造 高圧処理
原理 水蒸気を容器内に満たすことで高温、高圧な環境を作る 水等で満たした容器内を加圧する
保持圧力 2気圧程度(約0.2 MPa) 約1,000~6,000気圧(100~600MPa)
大気圧に対する比 2倍 1,000~6,000倍
温度 約115~118℃(一般的なもの)
約124~126℃(超高圧タイプ)
121℃ 基本的に加熱しない
(加圧に伴う温度上昇は僅か)
容器・装置 圧力鍋 高圧蒸気滅菌装置
(オートクレーブ)
高圧処理装置
使用場所 家庭・飲食店 食品製造業者  食品製造業者
使用目的 食材の軟化促進、出汁の浸透促進 芽胞菌の殺菌 殺菌、保存期間延長、高圧処理の特性を生かした新規食品製造、二枚貝の開殻等

 

6. 食品の高圧処理が注目される理由

近年、食品の高圧処理が注目されているのは、以下のような理由からです。

①消費者の健康志向の高まり

近年、特に先進諸国では消費者の健康志向の高まりにより、農薬や食品添加物を使用しない、あるいは使用量が少ない食品を嗜好する傾向が増加しています。これは必ずしも食品の安全リスクとは関連しないと筆者は考えますが、そのように考えて消費行動をとられる方は少なくありません。上述のように高圧処理により微生物が不活化され、保存期間の延長が可能であることから、静菌的に作用する食品添加物等の使用量を減らすことができます。

②SDGsへの対応

2015年9月に開催された「国連持続可能な開発サミット」で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」で掲げられた17の「持続可能な開発目標(SDGs)のひとつに、「つくる責任、つかう責任」、すなわち、「持続可能な消費と生産パターンを確保する」があります。これは、食品産業においては、食品の無駄をなくすこと、すなわち食品ロスを少なくすることに他なりません。食品を高圧処理することで保存期間を延長することができ、食品廃棄物の量を削減させる一手段として有用と考えられます。

以上のような点に加えて、我が国では、2022年6月のHACCP完全施行に伴い国内のすべての食品事業者はHACCP制度に基づく、あるいはHACCPの考え方を取り入れた食品の衛生管理が求められることになり、食品業界は新たな時代を迎えています。これにより、食品事業者の自主管理はこれまで以上に求められることになる一方、HACCPで衛生管理を担保した上で、より自由な、そして新しい管理手法の導入、普及も期待されます。加熱殺菌によらない高圧処理を導入することで、新たな食品製造も期待できます。

また、農林水産省は農林水産物や食品の輸出額を令和12年(2030年)に5兆円とする目標を立てています(2021年に1兆円を超えた)。食品の輸出促進において保存期間の延長は重要な要素のひとつであり、その面からも注目されます。

7. まとめ

以上、簡単に食品の高圧処理の概要について紹介しました。上述のように、欧米では食品の高圧処理が普及してきていますが、我が国ではまだそこまでではありません。この理由は、食品業界は中小企業が大半を占める(高圧処理装置は結構高価です)ことに加え、食品衛生法に関連する法的な問題もあります。詳しくは、参考文献をご覧ください。

著者

野田衛先生

野田 衛先生

麻布大学 客員教授
国立医薬品食品衛生研究所 客員研究員
公益社団法人日本食品衛生協会 学術顧問
株式会社町田予防衛生研究所 顧問


<略歴>
1981.3:日本獣医畜産大学獣医畜産学部獣医学科卒
1981.4~1982.3:農林省動物検疫所
1982.4~2006.12:広島市役所(衛生研究所等)
2007.1~2018.3:国立医薬品食品衛生研究所・食品衛生管理部・第四室長

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