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日本語は難しい:「ノロウイルスに感染する」ってどういう意味?

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日本語は難しい:「ノロウイルスに感染する」ってどういう意味?アイキャッチ

1. オミクロン株への感染

2021年11月8日に南アフリカで報告されて以来、世界で猛威を振るっている新型コロナウイルスの新しい変異株「オミクロン株」は、我が国でも年明けとともに急速に感染が拡大しています。今後の動向に注視する必要があるとともに、より一層の個人の感染対策が求められます。

さて、我が国で最初にオミクロン株の感染が報告されたのは昨年11月30日のことで、「我が国で初めて、オミクロン株への感染が確認されました」と報道されました。当時、海外からの入国者に感染例が出るのは時間の問題と思っていましたので、報道内容自体には驚きはなかったのですが、私が驚いたのは「オミクロン株【への感染】」という言い方でした。それ以降、いろいろなテレビ局の報道でも、同じように【への感染】が使われています。以前にも同じような使われ方がされていたのか分かりませんが、この使われ方を知って以来、気になって仕方がありません。それは、以下の理由からです。

2. 英語では明確に区別される感染させる側と受ける側

「感染」は英語で「infection」、その動詞は「infect」です。Weblioによると、以下の意味や用法があります。


a〈病気が〉〈人・傷口などに〉病気をうつす,感染させる.
 ・His flu infected his wife. 彼の流感が妻にうつった.
b〔+目的語+with+(代)名詞〕〈人などに〉〔病気を〕うつす.
 ・infect a person with flu 人に流感をうつす.
c〈病菌が〉〈傷口などを〉侵す,〈…に〉入る.


a〈空気・水・地域などに〉病毒をまきちらしてよごす,〈…を〉病毒で汚染する 《★しばしば過去分詞で形容詞的に用いる》.
 ・an infected area 汚染地域.
b〔+目的語+with+(代)名詞〕〈空気・水・地域などを〉〔病毒で〕汚染する.
 ・The area is infected with cholera. その地域はコレラで汚染されている.

a〔+目的語+with+(代)名詞〕〈人を〉〔悪風に〕染める,かぶれさせる.
 ・He hasn't yet been infected with cynicism. 彼はまだ皮肉癖に染まっていない.
 b〈人に〉影響を与える.

【電子計算機】〈ウイルスが〉〈コンピューターに〉入る; 〈コンピューターの〉データを汚染する.

これらから分かるように、「infect」の主語は、病原体(感染症)か、あるいは病原体をうつす人や物であり、感染者(病原体をもらった/受け取った人)は目的語です。

Noroviruses infect human to human via contact infection or foodborne infection.
ノロウイルスは接触感染や食品媒介感染(食中毒)を介してヒトからヒトに感染する。

Vomitus of my child infected me with norovirus.
私の子供の嘔吐物は、私にノロウイルスを感染させた。(実際には、多くの場合受動態で使われます)

My friend was infected with norovirus by consumption of oysters.
私の友達は、牡蠣を食べてノロウイルスの感染を受けた。

以上のように、感染者は「infected person」または「person infected with ~」と受動態で使われます。同じような使われ方をする単語に、「汚染させる」(contaminate)があります。

Human contaminates bivalves such as oysters with noroviruses through waste water.
人は下水をとおし、カキなどの二枚貝をノロウイルスで汚染させている。(実際には、多くの場合受動態で使われます)

Some bivalves such as oysters are contaminated with norovirus.
一部のカキなどの二枚貝はノロウイルスの汚染を受けている。

この場合も、「汚染させる」の主語は、汚染物質(病原体等)そのものか、汚染を起こす原因側です。汚染したカキは「contaminated oyster」または「oyster contaminated with noroviruses」のように受動態で使われます。

医学大辞典(南山堂、第17版)の「感染」の項目には、「病原体が生体内に侵入、定着、増殖し、生体に何らかの病的変化を与えることをいう」と最初に記載されています。これにおいても、「感染する」主体は病原体であり、ヒトは「感染を受けるもの」です。

3. ところが日本語では?

一方、私たちは、「生ガキを食べてノロウイルスに感染した」とか「子供は幼稚園でインフルエンザに感染する可能性がある」という表現を日常的に使っています。もちろん、間違えることはないと思いますが、ノロウイルスやインフルエンザウイルスがヒトに感染する(=infect)のであり、ヒトがこれらのウイルスに感染する(=infect)のではありません。これらは、誤った使い方なのでしょうか?

広辞苑(岩波書店、第六版)には以下のように記載されています。

【感染】(infection)
① 病原体が体内に侵入すること。また病気がうつること。「流感に―する」
② 他の影響を受けてその風に染まること。かぶれること。「悪に―する」

新明解国語辞典(三省堂、第五版)では以下のとおりです。

【感染】-する
① 病気がうつること
② 他からの好ましくない影響を受けて、そうなること
「悪風に―する」

と記載されています。「病原体が体内に侵入すること」の意味では主語は病原体ですが、「病気がうつること(例:流感に感染する」という意味では、主語は病原体でも、人でもどちらでも通じると思います。事実、例文として「流感に感染する」と記載されており、この主語はヒトになります。

つまり、

ノロウイルスはヒトの小腸の細胞に感染する
Noroviruses infect human small intestinal cells.

ヒトは生ガキ等の二枚貝を食べるとノロウイルスに感染することがある。
Human may be infected with noroviruses by consumption of bivalves such as oyster

のように、英語で能動態(infect)で表現される場合と受動態(be infected with)で表現される場合の、どちらでも日本語では「感染する」として同じように表現しても問題なさそうです。

ただし、「汚染」については、広辞苑(岩波書店、第六版)によると

【汚染】
① けがれに染まること。よごれ。しみ。
② 細菌・有毒物質・放射性物質などによってよごされること。また、よごすこと。「大気が―される」「環境―」

と記載されており、例文は「大気が汚染される」となっていて、「大気が汚染する」とはなっていません。

私は仕事柄、「感染」や「汚染」という言葉を頻繁に文章に使っています。その際、いつも、「感染(汚染)した」と記載すべきか、「感染(汚染)を受けた」と記載すべきか、悩むことになります。感染者が主語になる場合、英語的には受動態としなければならない(be infected with)のは明確ですが、日本語的には、「ノロウイルスに感染した」としても間違いではないのです。ただ、その場合、両方の意味で捉えることが(理屈のうえでは)できるので、あいまいな表現は避けるのが原則であることや英語表現に慣れていることもあり、科学論文では、英語表現に合わせた使われ方が日本語の場合でも使われることが多いと思います。

4. とは言え「への感染」は?

以上のように、「感染」の使い方はあいまいなところがあるのですが、単に「我が国で初めて、オミクロン株感染が確認されました」と表現しても十分理解できると思っていました。ところが、あえて「オミクロン株への感染」と表現されているのです。Weblioによると、「への」とは

格助詞「へ」と「の」が併用され一個の格助詞のように機能する表現。名詞につき、名詞・動名詞を修飾し、方向・行き先・目指す先・辿り着く所などを示す。

と記載されています。つまり、「あなたへの贈り物」、「明日への希望」などのように、「への」は方向や対象を意味するので、「オミクロン株に向かっての感染」となります。

私には、「オミクロン株【への感染】」の報道は、

The first case that was infected with an omicron variant of SARS-CoV-2 in Japan.
新型コロナウイルス・オミクロン株の感染を受けた日本の最初の症例。

ではなく、

The first case that infected an omicron variant of SARS-CoV-2 in Japan.
新型コロナウイルス・オミクロン株に(ヒトが)感染を起こした日本で最初の症例。

としか受け取ることができませんでした。

もし、日本語に造詣が深く、分かる人がおられましたら、ぜひ、この用法についてご教示いただければと思います。日本語はほんとうに難しいと思います。

5. 感染や汚染は持ちつ持たれつ

そのような英語と日本語との違いや文法のお話とは別に、感染や汚染は、能動的であり、受動的です。

ノロウイルスはヒトの腸内でしか、増殖し、子孫を残すことができません。増殖したウイルスは便や嘔吐物の中に排出され、環境や食品を汚染します。ノロウイルスの汚染を受けた環境や食品を介して別のヒトに感染します。ヒトは感染源(病原体をうつす側)であり、感受性者(病原体を受け取る側)でもあります。カキ等の二枚貝は、下水や海水を介してヒトからノロウイルスの汚染を受け、汚染した二枚貝は汚染源になります。二枚貝へのノロウイルスの汚染源はヒトであり、二枚貝はヒトへのノロウイルスの汚染源です。

こう考えると、日本語のあいまいな表現は、むしろ適切に感染や汚染を表しているのかも知れません。

いずれにしろ、冬季はウイルス性感染症が流行しやすい季節です。ノロウイルス等の感染性胃腸炎の感染者数も増加傾向がみられています。ノロウイルス感染症対策を徹底し、感染しない、させないことを心掛けましょう(この使い方は正しい??)。

 

著者

野田衛先生

野田 衛先生

麻布大学 客員教授
国立医薬品食品衛生研究所 客員研究員
公益社団法人日本食品衛生協会 学術顧問
株式会社町田予防衛生研究所 顧問


<略歴>
1981.3:日本獣医畜産大学獣医畜産学部獣医学科卒
1981.4~1982.3:農林省動物検疫所
1982.4~2006.12:広島市役所(衛生研究所等)
2007.1~2018.3:国立医薬品食品衛生研究所・食品衛生管理部・第四室長

 

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