刻み海苔を介した大規模ノロウイルス食中毒事件から学ぶ(3) ~これまでの食中毒とは異なる特徴~

過去2回にわたり、刻み海苔を介した大規模ノロウイルス食中毒事件の概要、そして汚染原因についてみてみました。
今回は、このノロウイルス食中毒事件が、これまでのノロウイルス食中毒事件(一般的な微生物による食中毒事件と言ってもいいかも知れません)とは異なる特徴についてみてみたいと思います。
1. 食品の特異性
刻み海苔によるノロウイルス食中毒事件の特徴として、まずは食品の特異性があります。すなわち、通常少量の摂取で、乾燥し、しかも、包装されていた食品(刻み海苔)が原因となったということです。いずれの特徴(少量摂取、乾燥、包装済み)も、食中毒の原因にはなりにくいというイメージがあるかと思います。
(1) 少量摂取食品
これまでのノロウイルス食中毒事件では、カキ等の二枚貝、食品取扱者の手指等から二次汚染を受けた食材(パン、弁当、寿司、サラダ等)等が原因となっていました。これらの食品と比べて、海苔の摂取は一般に少量です。

しかし、食品取扱者の手指等からのノロウイルスの二次汚染は一般的に食品の表面の限られた(手指が触れた)部分に限局的に起こっており、食品が一様に汚染を受けているわけではありません。つまり、喫食量の多い食品であっても、汚染された部位はそれほど広い(多い)という訳ではないのです。
専門的に言えば、微生物学的な汚染量の多少(logスケール)と比較して摂取量の多少は一般に軽度でありその影響は少ないということになります。
そのため少量しか摂取しない食品や食材でも食中毒の原因になり得ます。今回の事件はそのことを典型的に示していると思います。
(2) 乾燥食品
今回の食中毒の原因となった刻み海苔は、100gが乾燥剤とともに合成樹脂製袋に詰められ、封をされた状態で販売・流通していました。つまり、乾燥し、包装されていたということになります。
細菌の増殖には食品の水分活性が関連し、一定量の水分が含まれていないと増殖は起こらないことなどから、一般的に乾燥した食品は安全と思われがちです。
ウイルスの場合は、食品中で増殖することはなく、生存性(感染力がある状態を保持している)に適した環境か否かが重要です。生存性に適した環境であれば、長期間にわたり感染力を保持できますが、生存性に適していない環境であれば、感染力は早く低下することになります。
ノロウイルスの乾燥状態での生存性は、これまで十分には知られていませんでした。ウイルスの生存性を調べるためには、ウイルスを培養する技術が必要ですが、ノロウイルスは長い間培養することができず、調べることができなかったのです。
ノロウイルスと性質が似たウイルス(代替ウイルス)であるネコカリシウイルスによる実験データに基づくと、4℃で約2か月、20℃で約1か月は生存することが示されていました(出典4)。
また、感染者に由来する嘔吐物が乾燥し、塵埃とともに空気中に浮遊したノロウイルスによる集団感染が報告(出典5)されていました。
これらのことから、乾燥状態でのノロウイルスの生存性は高いものと考えられていましたが、今回の事件はノロウイルスがパック詰めされ乾燥した状態で海苔に付着して、2か月程度感染性を保持していることを証明する事例となったのです。

(3) 包装済食品
包装された食品は、袋詰めされた後、外部から遮断されて流通するため、一般に衛生的で安全と思われがちです。生肉や野菜などでも、ラップなどで包まれていると、なんとなく衛生的であると思ってしまいます。
実際、流通時の外部からの細菌やウイルスの二次汚染を受けるリスクは極めて低いでしょう。しかし、包装前に汚染を受けた場合は、汚染物は包装内部に留まり、微生物の停留性は逆に高まることになります。今回の事件はまさに、そのような状況であったと思われます。
さらに、乾燥状態であったことから、海苔の一部に付着していたノロウイルスは浮遊するものの、袋内部に閉じ込められているため拡散せず、別の箇所に再付着を起こし、汚染が拡大した可能性も考えられます。
2. 食品取扱者による原材料汚染
今回の刻み海苔の汚染は、平板状の海苔を刻む工程で起こりました。つまり、刻み海苔を加工、包装した業者の立場では食品取扱時(加工時)の汚染です。
一方、刻み海苔を食材として受け入れた調理施設の立場からみると、刻み海苔は原材料汚染した食材です。
つまり今回の事件は、食品取扱者によって汚染を受けた原材料を、別の食品取扱施設(調理施設)が受入れ、それを調理に使用することによって発生した事件ということになります。
これまでの食品取扱者からの食品の二次汚染は、主に調理施設において起こっていました。
このことは、食中毒予防の観点からみると、食品取扱者を介したノロウイルス食中毒の予防対策として、従来の食品取扱者の衛生管理(手洗い、健康チェック等)、施設の清掃・消毒、汚染物処理等の対策に加えて、新たに、食品取扱者から二次汚染を受けた原材料に対しても対策を強化する必要があることを示しています。
また、ノロウイルスが原材料汚染した食品が各地に流通したために、第1回目で述べた分散型広域食中毒事件を引き起こしたことになります。
3. 汚染時期と食中毒発生までの間隔
食品取扱者からの食品汚染は一般に調理時に汚染が生じることから、汚染が起こった日と食中毒が発生した日の間隔は数日程度であることが一般的です。
今回の事件は汚染時期が2016年12月下旬と推定されており、発生時期が2017年1月から2月であったことから、汚染から発生まで概ね1か月から2か月の間隔がありました。この汚染時期と食中毒事件発生までの間隔の長さもこれまでのノロウイルス食中毒事例とは大きく様相を異にする特徴と言えると思います。このことは、上述のように乾燥状態でのノロウイルスの生存性の高さが背景にあります。
出典
1)野田 衛:刻み海苔を介したノロウイルス食中毒事件が教えてくれたこと、国立医薬品食品衛生研究所報告、135、6-17(2017)
2)野田 衛:本邦初の刻み海苔を介した分散型広域ノロウイルス食中毒事件の全体像、食品衛生研究、67、11月号、7-14(2017)
3)厚生労働省:平成29年度全国食中毒事件録-厚生労働省食中毒統計資料より-(令和2年刊)、公益社団法人日本食品衛生協会出版
4)Doultree JC, et al: Inactivation of feline calicivirus, a Norwalk virus surrogate, J Hosp Infect、41、51-57(1999)
5)木村博子 他:Mホテルにおけるノロウイルスによる集団胃腸炎の発生について、IASR、28、84(2007)
参考
刻み海苔を介した大規模ノロウイルス食中毒事件から学ぶ(1) ~ウイルスによる分散型広域食中毒~
著者

野田 衛先生
麻布大学 客員教授
国立医薬品食品衛生研究所 客員研究員
公益社団法人日本食品衛生協会 学術顧問
株式会社町田予防衛生研究所 顧問
<略歴>
1981.3:日本獣医畜産大学獣医畜産学部獣医学科卒
1981.4~1982.3:農林省動物検疫所
1982.4~2006.12:広島市役所(衛生研究所等)
2007.1~2018.3:国立医薬品食品衛生研究所・食品衛生管理部・第四室長
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