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ノロウイルスおよびサポウイルスの研究動向(2022年)

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ノロウイルスおよびサポウイルスの研究動向(2022年)アイキャッチ

今回は、2022年11月12日、長崎で開催されたウイルス性下痢症研究会第33回学術集会での報告内容を中心に、ノロウイルスや同じく食中毒の原因となるサポウイルスに関する研究の最近の動向について紹介します。

 

1. ノロウイルスの培養

ノロウイルスは、1968年米国オハイオ州のノーウオークにある小学校で発生した集団胃腸炎の患者便から電子顕微鏡検査で発見されました。それから半世紀の間、ノロウイルスの研究の進展を阻んでいた最大の要因は、ノロウイルスの培養ができなかったことです。

ウイルスの生存性や消毒剤による不活化、また、抗ウイルス剤の開発には、ウイルスを実験室で培養する技術が必須です。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなど、多くのウイルスはそれぞれに適した細胞を用いることで、培養することができますが、ノロウイルスについては、その細胞がありませんでした。 

しかし、B細胞由来のBJAB細胞(2014年)、ヒトの腸管の生検で得た幹細胞(ES細胞)から樹立した腸管オルガノイド(2016年)、iPS細胞から樹立した腸管オルガノイド(2018年)、唾液腺から樹立した細胞(2022年)など、いくつかの細胞でノロウイルスの培養に成功したとの報告が相次ぎ、ノロウイルスの研究に新たな進展がみられています。なお、オルガノイドとは、本来の腸管細胞と同じような機能や形状を持つ、試験管内で培養した細胞のことです(Organ(器官)とoid(~に見える、~様の)から作られた造語)。

腸管オルガノイドを用いたヒトノロウイルスの培養に関する論文は20報以上が報告され、感染培養系の確立・最適化・宿主遺伝子発現など、病原メカニズムの解析、不活化や阻害剤、中和試験、その他など多岐に渡っています。国立感染症研究所の林先生から、腸管オルガノイド培養系を用いたノロウイルスの研究の現況について、ご自身の研究を含め包括的に紹介いただきました。また、ご自身が腸管オルガノイドを用いたノロウイルスの培養実験を行う際の苦労話や課題等についても触れていただきました。

富士フイルム(株)では、安定的、効率的にヒトiPS細胞から腸管上皮細胞を分化誘導する手法を開発し、F-hiSIECTM(FUJIFILM human iPS cell-derived Small Intestinal Epithelial like Cell)として販売しています。同社の大西先生からは、本細胞を用いたヒトノロウイルスの培養に関するデータの紹介がありました。

富士フィルム(株)から販売されているF-hiSIECTMを含め、ES細胞やiPS細胞から樹立した腸管オルガノイドによるノロウイルスの培養は未だ十分なものではなく、得られた培養液から、不活化試験などの実験に用いるウイルス保存液を調製することは困難であり、ウイルス保存液の準備に感染者の便材料が必要であることに変わりはないようです。また培養に係るコストも高額になり、一般の実験室で汎用的に使用するためには更なる改良が必要と思われます。今後の研究の進展に期待したいと思います。

 

2. ノロウイルスやサポウイルスの流行状況

新型コロナウイルスの流行に伴いノロウイルスの流行が減少していること、また実際には2017年頃からノロウイルスの流行が低調であることは、「最近のノロウイルスの流行状況」で紹介させていただきました。

岩手県環境保健研究センターの藤森先生は、岩手県における胃腸炎集団発生(主に、保育園等の小児の集団施設)について、2019年以降、新型コロナウイルスの影響もあり、発生数は減少しているものの、ノロウイルス事例が多くを占めていたが、2022年(7月まで)はサポウイルス集団事例がノロウイルス事例を上回ったことから、サポウイルスの動向に注目する必要があると報告されました。食中毒や胃腸炎集団発生等の原因究明においてサポウイルスは自治体によっては必ずしも検査されておらず、サポウイルスの検査を充実させる必要があると思います。

なお、2021年7月に病原体検出マニュアル(国立感染症研究所)にサポウイルスの検査法が追加されています。サポウイルスの検査が未整備の場合は、参考にされるとよいと思います。

一方、東京都健康安全研究センターの森先生は、1966年から1983年に食中毒検査のために搬入され、長期間に渡り保存されていた糞便材料からのノロウイルスの検出と、検出ウイルスの遺伝子解析について報告されました。ノロウイルスの最初の検出は上述のように1968年ですが、それ以前の1966年の保存検体からノロウイルスを検出するなど、極めて重要な疫学的データを数多く紹介いただきました。

森先生が特に強調されておられたのは、検体保存の重要性です。個人情報や研究倫理の面から臨床材料の調査研究への利用が難しい状況になっていますが、それらを配慮した上で、人類共通の宝として、可能な限り、検体保存とその活用ができる体制を構築していただきたいと思います。

 

3. カキのノロウイルス対策

農林水産省 消費・安全局食品政策課の渡邉先生からは、農林水産省のカキのノロウイルス対策の取り組みついて紹介がありました。

農林水産省は、生食用カキの安全性確保やカキの輸出促進等のため、各自治体やカキ生産者の協力を得て、海域におけるノロウイルスの保有調査、浄化処理によるノロウイルス低減効果の調査等を行っています。これらの概要は、農林水産省のホームページで公開されています。

また、近年、シンガポール向けの輸出カキにおいて、出荷前の国内の検査でノロウイルス陰性であったものが、現地での検査でノロウイルス陽性となり、輸出できなくなった事例がみられました。シンガポールでは、国際的な検査法(ISO15216)に準拠した検査法でノロウイルス検査が行われていることから、国内での検査法との検出感度の違いが要因と考えられます。

また、今後、カキの輸出を促進するためには、国際的な検査法(ISO15216)に準拠した検査法での検査が必要となることが予測されます。しかしながら、国内では、厚生労働省から発出されている通知等に基づく検査が一般的であり、ISO法は一般化していません。そこで、農林水産省では、国内法とISO法の検出感度を比較するとともに、ISO法に準拠したノロウイルス検査法のマニュアルを作成し、作業手順を動画としてYouTubeに公開しています。


4. 下水の腸管系ウイルス対策

一方、カキのノロウイルス汚染は下水に由来することから、下水処理での腸管系ウイルスの除去法、不活化法の改良・開発が重要です。また、気候変動や人口増加に伴う世界的な水不足に対応するため、下水を飲料水として再利用する必要性も増加しつつあります。北海道大学の白崎先生は、ヒトの腸管ウイルス(サポウイルス、アストロウイルス、コクサッキーウイルス)、代替ウイルス(マウスノロウイルス)および下水の汚染指標候補ウイルスの1つであるトウガラシ微斑ウイルスを用いて、下水処理による除去効果、塩素による不活化等を比較し、評価系の妥当性や代替ウイルスや汚染指標ウイルスの適格性などを紹介されました。

なお、本研究では、細胞で培養して得た、高濃度に精製したサポウイルス保存液が用いられました。ノロウイルスと同様に感染性胃腸炎や食中毒の原因となるヒトサポウイルスについても1970年代の発見以降、長い間、細胞培養での効率的なウイルス増殖ができませんでしたが、国立感染症研究所の髙木先生、岡先生らによって一般の実験室で維持・継代が可能な培養細胞での培養が可能となりました。紹介された実験は、添加回収用の高濃度のウイルス液の持続的な調製、感染実験など、サポウイルスの細胞培養技術の確立が基盤となっています。ノロウイルスについても、上述のように汎用な培養法の確立が求められます。

 

5. ウイルス性下痢症研究会の紹介

最後にウイルス性下痢症研究会について紹介させていただきます。本研究会は、大学や医療機関、国立の研究機関(国立感染症研究所、国立医薬品食品衛生研究所等)の下痢症ウイルス(ロタウイルス、ノロウイルス等胃腸炎の原因となるウイルス)の研究者、食中毒や胃腸炎集団発生の原因究明や調査研究を行っている各自治体の地方衛生研究所等のウイルス検査担当者、および消毒剤の開発などを行っている民間企業の研究者などを会員(令和4年11月9日現在の会員数は141名)として、年1回の学術集会の開催(基本的に、日本ウイルス学会学術集会に合わせて、同学会の前日に開催)及びその抄録集の作成と会員への配布が主な活動内容です。コロナ禍で昨年はWebでのオンライン開催、今年度(2022年)は11月12日、長崎市の長崎商工会館でのリアル開催とWeb参加を合わせた、ハイブリッドでの開催となりました。来年度は仙台市で9月に開催予定とのことです。

学会とは異なり、研究成果だけでなく、研究結果が得られるまでの苦労話や研究の進展状況など、正式な学会では得られない情報に触れることができ、また、小規模の研究会であることから、気軽に疑問点を質問することもできます。今年も活発な意見交換が行われました。

下痢症ウイルスの専門の有無に関わらず、興味のある方は、事務局に連絡してみられたらいかがでしょうか。

なお、本研究会は今年で33回を迎えますが、本研究会(当初は、「下痢症ウイルス研究会」)の設立にご尽力され、初代代表を努められました元・国立感染症研究所・所長の山崎修道先生が2022年1月22日にご逝去されたことから、その追悼も兼ねた開催となりました。改めて、山崎修道先生のご冥福をお祈り申し上げます。

著者

野田衛先生

野田 衛先生

麻布大学 客員教授
国立医薬品食品衛生研究所 客員研究員
公益社団法人日本食品衛生協会 学術顧問
株式会社町田予防衛生研究所 顧問


<略歴>
1981.3:日本獣医畜産大学獣医畜産学部獣医学科卒
1981.4~1982.3:農林省動物検疫所
1982.4~2006.12:広島市役所(衛生研究所等)
2007.1~2018.3:国立医薬品食品衛生研究所・食品衛生管理部・第四室長

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